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永遠に語り継がれるカナダの英雄テリー・フォックス

日本ではあまり知られていませんが、カナダの英雄として永遠に語り継がれる一人の青年、テリー・フォックス(Terry Fox)についてご紹介します。

多くの日本人が、カナダに来て初めて彼の名を耳にすることになるでしょう。

テリーはカナダ国民なら誰もが知っているカナダのヒーロー的存在。今もなお、多くの人々に感動を与える彼の半生は、どんなものだったのでしょうか。

テリー・フォックスの生い立ち

1958年7月28日、テリーはカナダ・ウィニペグ州のマニトバに生まれました。4人兄弟の次男として育ち、子供のころから運動が得意な少年でした。

幼少期はサッカー、野球、ラグビーなどが好きで、特にバスケットボールに熱心に打ち込んでいたといいます。テリーが8歳の頃、一家はブリティッシュ・コロンビア州のポートコキットラム(バンクーバー近郊)へ移り住みました。

その後、テリーは体育の教師を目指してサイモン・フレーザー大学(通称SFU/バンクーバーの隣、バーナビー)へ進学します。

バスケットボール部に在籍し活躍していた頃、練習中に右ひざの痛みを訴え、病院で検査をしたところ、痛みの原因は骨肉腫という骨のガンであることが判明したのでした。

そして、無情にも右足切断を余儀なくされたテリー。この時、わずか18歳という若さでした。

骨肉腫の治療で入院していた頃、テリーは同じガンと闘う、自分よりも幼い子供たちを見て、居ても立っても居られなくなったといいます。

“I saw kids my age and younger . . . and you can’t leave something like that and forget it. I couldn’t, anyway. I had to try to do something about it.”

「この子供たちをこのまま見過ごすことはできない。何かできることをやらなければ。」

希望のマラソン(Marathon of Hope)

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テリーは右足切断という悲劇にもめげず、立ち上がりました。1980年4月12日、カナダを横断する希望のマラソン(Marathon of Hope)に挑戦。

目標はカナダの東端ニューファンドランド州セント・ジョンズから、西端のバンクーバー島ポートレンフリューまで8000キロにおよぶ距離の完走と、ガン研究のための資金集めでした。

このマラソンのためにテリーは5000キロのトレーニングを重ね、準備を進めてきました。義足のランナーとしてカナダ横断に挑戦したテリーの意志は、相当に強いものでした。

テリーは寒さの厳しい日も、炎天下の日も、毎日26マイル(およそ42キロ)を走り続けました。

テリーがマラソンを開始した4月のカナダ東側は、まだ冬を感じるほどの気候です。過酷な状況にもめげることなく、完走を目指したテリー。

マラソン開始当初は、誰にも注目されなかったテリーですが、次第にテリーの存在が知られるようになり、やがてテレビでもテリーの様子が放映されるようになりました。

沿道で声援を送る人、テリーの意志に賛同して寄付をする人、多くの人の心を動かしてテリーは走り続けました。ところが、マラソン開始から143日目の1980年9月1日、5373キロに達した地点(オンタリオ州サンダーベイ付近)で、肺へ転移したガンが見つかり、志半ばでマラソンを中断することになったのでした。

テリーが目標としていたカナダ横断の3分の2に達した時点での出来事でした。

その後、治療を続けていたテリーですが、1981年23歳の誕生日を目前に控えた6月28日、22歳の若さで亡くなりました。テリーの死後、彼の遺志を受け継いで多くの寄付金が寄せられ、その額はなんと2400万ドルに達したといわれています。

生き続けるテリーの遺志

現在、カナダ国内の学校や地域では9月の半ばに行われる「テリー・フォックス・ラン(Terry Fox Run)」が毎年の恒例行事となっています。これはガン研究資金の寄付を募るチャリティーマラソンで、子供たちは小学校でテリー・フォックスについて学びます。

We are Canadian
We are Terry Fox

というスローガンが掲げられるほど、テリーはカナダ国民にとってヒーロー的存在で、彼の魂は今もなお、カナダ国民の中で生き続けています。

カナダ勲章を最年少で受賞し、2005年には希望のマラソン挑戦25周年を記念して1ドル硬貨が作られました。

この硬貨は、カナダで初の「人物が刻印された1ドル硬貨」として話題を集めました。また、2010年バンクーバー冬季オリンピックの開会式では、テリーの母親Betty Foxが五輪旗を持って入場。

彼女のことが紹介された際、開会式会場にはひときわ大きな歓声が上がったといいます。同じく、2010年に開催されたバンクーバー・パラリンピックの開会式でも、テリーの紹介ビデオが流されました。

テリーが在学していたサイモン・フレイザー大学(SFU)を始め、カナダ各地に、テリーの功績を称える記念碑があり、カナダ全土でテリーのマラソンを応援した様子を垣間見ることができます。

特に、バンクーバー・BCプレイス前にはテリーの特徴的な走り方を象徴する4体の銅像が作られ、バンクーバーの人々がテリーのことを誇りに感じていることが伝わります。

テリー・フォックス

テリーの出身地ポートコキットラムには、彼の名がついた高校Terry Fox Secondary Schoolがあり、その他にもカナダ国内にはTerry Foxと名付けられた施設や駅があります。

テリー・フォックスからのメッセージ

希望のマラソンから35年以上経った現在でも、多くの人に勇気と感動を与え続けているテリー・フォックス。

日本からカナダへ来たばかりの頃、誰もが夢と希望に胸を膨らませ、明るい未来を想像して、楽しい学校生活に明け暮れる毎日でしょう。

けれど、数か月、数年経つと、異国での生活、文化の違い、英語の壁、食生活の違いにストレスを抱えることも少なくありません。

「こんなはずじゃなかった」「想像していたのと違った」「もう日本に帰りたい」そう感じる人も多いかもしれません。

しかし、壁にぶち当たった時こそ、テリー・フォックスのことを思い出せば、何か胸の奥に熱いものが込み上げてくるのではないでしょうか。

右足切断という絶望的状況にも屈することなく、義足でカナダ横断に挑戦したテリー。自らの過酷な状況を顧みることなく、未来ある子供たちのために立ち上がったテリー。

カナダで学べることは、英語や文化の違いだけにとどまらず、言葉や文化を越え、国境を越え、世界中の人々に勇気と感動を与えるテリー・フォックスからの力強いメッセージなのかもしれません。


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